葬儀の意義と変遷

古代日本では、穢れた死体が腐敗し白骨化するまで殯の宮に安置する神道の教義に従って葬儀が行われていましたが、538年の仏教の伝来を境に死体を荼毘にふす火葬や薄葬令が目立つ様になっています。特に700年に道昭が荼毘にふされてからは、第41代持統天皇や第42代文武天皇、第43代元正天皇など天皇が荼毘に付されるなど皇族の火葬もチラホラ見られる様になり、現在の天皇も死後は荼毘にふされる事が決定しています。現在の葬儀は、普通の人間の生活リズムに合わせて行われていますが、死後の世界は現世とは全てが逆さと考えられていたので、逆さ水や逆さ着物、逆さ屏風、逆さ布団など全てが逆さにして死者を送り出す儀式が行われていた時代があります。勿論、出棺の時間も昼間では無く夜に行われていた記録が残っています。死は、穢れ畏怖する物と考えられていたので、出棺語も近くの墓には埋葬する事なく聖域とされる山に死体を埋葬し、近くの墓はお参りするだけとしていた時代もあります。葬儀の形は、地域や時代と共に大きく変化して来たと言えます。